2011.6.14 - 6.22
星玄人 Hoshi haruto

大阪セレクションズ

35mm カラー 10×12in. 100枚強
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大阪西成の町を撮るようになったのは今から四年ほど前からで、撮っては展示してのペースで気付いたらもう五回も個展を開いた事になる。

展示の内容も自分なりにはそこそこ悪くはないと思い気に入ってもいるので、いつかそれほど先でもない将来に本にまとめることが出来ればと思うのだが、不況の煽りや行政の無意味な浄化対策などの影響で街に人が少なくなってしまったせいか、この町を撮影するのが結構辛い作業と感じるようになってきている。

それは撮影する自分の受け止め方の変化の問題でもあって、言ってみれば表現の壁みたいなものなのかも知れない。自分自身や写真を見てくれる人を納得させたいと言う非常に豪慢な欲望をたとえ一時でもいいから満たしたいと思えば当然避けては通れない事なんだろうと思う。

勿論誰かに無理矢理やらされている訳でもなく自分が好きで勝手にやっている事なのだから、写真を撮っていられるだけでもいろんな事に感謝しなければならない訳であるし、非常に贅沢なことなのだけど、写真をまったく撮れない日も多く、最近は体の疲れを感じ易くなってきている。経済的にもきびしい。

これといった気晴らしというか趣味みたいな物を持っていない自分はそんな時にいちいち否定的に色々考えてしまう。地元の人間ではないし日雇いの労働者でもなければ福祉事業の関係者でもない。要するに自分の生活とは関係ないのだから道楽者と言われても偽善者と言われても全く返す言葉もないのだ。

だけどそんなことを自分がいちいち考えても考えなくても時間は過ぎていくのだし街も人も変わっていく。だから結局、今撮れる物を撮るということしか出来ないのだ。まあそんなもんなのかも知れない。

今までの写真を全部焼き直してあらためて向き合う事にしたのは、自分が勝手に作ってしまった大きな壁に出来れば風穴くらい空けられたらという思いからなのであるが、展示が終わってみないと先の事は決められない。

煮詰まりすぎてシャターを押せない日は体も重たいし眠れないので嫌だからそういう気分からは開放されたいのだが、安易な方向に流されようとする自分の短絡さはもっと怖い。

でもたぶん、社会にも身の回りにも自分自身に対してもすべてに否定的になり、苛立ったり憔悴して脅えている時間よりも、常に疑問は付きまとっているがそれでも街を歩きながら五感を尖らせている時や、暗室作業に集中している時間の方がまだいくらかはましなのだと最近は思っている。

星玄人

2012.2.24 - 3.4
宮本幸ノ介
「無窮の日々」


2012.2.14 - 2.22
牟田義仁
「事物の事日記」


2012.2.3 - 2.12
阿部真士
「社会集団や個人」


2012.1.24 - 2.1
那須悠介
「日照条件と写真」

2012.1.13 - 1.22
星玄人
St. photo exhibition 10 大阪」

2011.12.13 - 12.25
牟田義仁
「1996.」


2011.12.2 - 12.11
木森恵子
「citta」


2011.11.22 - 11.30
安掛正仁
「蛞蝓草紙 〜秋の空〜


2011.11.11 - 11.20
牟田義仁
「1995.」

2011.11.1 - 11.9
小松崎健一
「モンシロチョウ」


2011.10.4 - 10.16
星玄人
「St. photo exhibition 9」


2011.9.20 - 10.2
那須悠介
「日照条件と写真」

2011.9.5 - 9.18
石垣裕
「燃える森」


2011.8.19 - 9.3
牟田義仁
「事物の事日記」


2011.7.19 - 7.31
阿部真士
「社会集団や個人」


2011.7.5 - 7.17
安掛正仁
「蛞蝓草紙 〜薄暑の巻〜


2011.6.24 - 7.3
新山発現
「Flying the Kites」

2011.6.14 - 6.22
星玄人
「大阪セレクションズ」

2011.5.31 - 6.12
梁丞佑
「自ずからに由る I 」



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